ご挨拶・宗旨・沿革 ABOUT US

[ご挨拶]

覚圓山光行寺は浄土真宗のお寺です。京都の西本願寺をご本山として浄土真宗本願寺派備後教区深津組という寺院の組織に属しています。
そもそもお寺とは安心できる場所という意味があり、浄土真宗のお寺は聞法の道場として今日まで受け継がれてきました。苦しみや悩み多き人生の中で現代に生きる人々の心のよりどころとなり、安心できる居場所となることをめざして門信徒の方と共に寺院を護持しております。

覚圓山光行寺住職 苅屋光影

[宗旨]

  • ◎山号
    覚圓山
  • ◎寺号
    光行寺
  • ◎宗派
    浄土真宗本願寺派
  • ◎宗祖
    親鸞聖人
  • ◎宗祖の主著
    顕浄土真実教行証文類
  • ◎本山
    龍谷山本願寺(西本願寺)
  • ◎本尊
    阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)
  • ◎正依経典
    浄土三部経(仏説無量寿経、仏説観無量寿経、仏説阿弥陀経)

[光行寺の沿革]

親鸞聖人のみ教えを受け継がれた明光上人は、鎌倉の地より沼隈山南の地へ赴き、光照寺を拠点に西国に浄土真宗のみ教えを広めました。明光上人の直弟子(三大老)の一人であった勝尊上人は安貞元年(1227)に沼隈山南の地に「東光坊」を建立します。その後、浄土真宗門徒と日蓮宗徒との弘法対論の影響により「光善寺」と開創され、神辺中条深水の地、更に神辺古城の地へと移ります。元和五年(1619)水野勝成は備後・備中の十万石を得て、大和郡山より入封し、元和八年(1622)には備後国の中心であった神辺城を廃し、新たに福山城を築き、拠点を福山と名づけました。それにより四方の道俗も居を福山へ移すこととなります。その中、寛永元年(1624)に神辺古城にあった光善寺も城東へ寺基を移すこととなります。(現在の福山市東町光善寺)その神辺古城の旧地に一寺を建立し「光行寺」と号しました。(この年を光行寺創建の年として令和五年(2023)には創建四百年法要を勤修致しました。)その後、神辺大火により罹災しほとんどを焼失して、現在の川北領家の地へ寺基を移し、再建され現在に至ります。

[お寺の組織]

<門信徒会>

光行寺の門信徒を以て会員とし、一人一人がお寺を聞法の道場として浄土真宗のみ教えを聞信し、私の命の帰依処を得させていただき、この尊い法灯を、お寺を確かに護持していこうという目的で昭和44年結成。今日まで年一回の総会及び隔月研修会を開き歩みを続けています。門信徒会会費(1口一千円)4口以上お願いします。みなさまからお預かりした門信徒会費は御本山、教区への御供、光行寺の維持、護寺。門信徒会聞法研修活動にあてさせていただきます。

<仏教婦人会>

自らが仏法、浄土真宗の法を深く聴聞し、お念仏の心を 仏法の香りを残すべく昭和30年3月結成。歩みを続け、お寺の大きな力となっています。お聴聞とダーナ(布施)の心を大切に活動しています。年4回聞法講座を行っております。仏教婦人会会費は500円です。

<壮年会>

多忙な壮年にとって静かに自分をとりもどす一時がほしい、拠り所を持ちたい…平成元年7月に発足いたしました。